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「おっぱい」が繋げていく「アート×◯◯」の未来

「おっぱい展」と聞いた瞬間、あなたが一番に想像したことは?
女性、母性、エロ……「おっぱい」のイメージは千差万別で、多様性に富んでいる。
人間の内側の感情をリアルに表現する現代美術家であるタナカナミは、
この「おっぱい」の多様性を自分の経験を織り交ぜてアートと掛け合わせた。
現在では、乳がんの啓蒙にとどまらず、ジワジワと大きなムーブメントとなっている。

構成・文/大橋 美貴子(おっぱい展オフィシャル・ライター)

男性が作ったルールの中で
女性が感じるモヤモヤを形に

 2017年に福岡県田川市にて第一回目の「おっぱい展」がスタートして、今年で足掛け4年になる。「おっぱい展」は、主催者のタナカナミが良性の腫瘍を右胸に患ったことをきっかけに、「自分にしかできない表現ができるのではないか」と発案。「おっぱい」をテーマにしたアート作品と乳がんの啓蒙活動を結びつけた現代アートの展覧会として、タナカの拠点である福岡を中心に、ピンクリボン運動発祥の地であるニューヨーク、横浜などでの開催実績を持つ。2021年は群馬での開催も予定されている。 

「1回目の『おっぱい展』は、何もかもが手探りで、ママ・アーティストさんや地元のアーティストを集め、知り合いを呼んで身内だけで楽しむグループ展という感じでした。でもいいコンセプトで生まれた展覧会だったし、多くの人の協力もあって出来たものだから、もっといろんな人に知ってもらいたし、大きくしたいと思いました。1回だけでは啓蒙の意味もないですし、社会に繋げなければいけないのは、乳がんだけではなく、子育てとかジェンダー問題とか色々あるなぁと。最初は『おっぱい展』という名前だけで怒られたんですよ。『おっぱいなんてけしからん!』って(笑)。チラシを配りやすくするために、行政に後援についてもらおうと、教育委員会や市役所にお願いに行った時も、実際に見てもらうまでは、なかなか理解は得られませんでした。おっぱいにはいろんな見方があるのに、どうしても男性目線のエロ視点に行ってしまうんですね。でも、最初は打ち合わせでも照れ臭そうにしていた男性たちに徐々に変化が見えて、今では、『おっぱい展』ってちゃんと言ってくれるようになりました。乳がんの啓蒙も、女性のジェンダー平等も女性の中だけで訴えていてもはじまらないんですよ。男性も参加してくれないと世界は変わっていかない。こういう問題を恥ずかしがらずに話せるような空気を作っていくということも大事。だから、もっとちゃんと勉強して、色々悩んで、2回目で今の『おっぱい展』で掲げているテーマの基礎が出来たんです」

 現在、「おっぱい展」が掲げているテーマとは、「乳がんの啓蒙活動」にとどまらず、「生命・生きることの大切さを伝える」「女性が自分らしく生きることを応援する」「アートを通した国際交流」。持続可能な開発のための国際目標「SDGs」の啓蒙にも取り組んでいる。特に、ジェンダー平等を訴える「女性が自分らしく生きることを応援する」というテーマは、タナカ自身が女性として、母として生活する中で生まれた「社会への違和感」が元になっている。

「子供のころから、社会の中にすごい違和感を持っていたんです。女性の立場が男性とあまりにも違い過ぎるし、男性が作ったルールに女性が合わせて生きていると思っていたんですね。特に、母親になってからその思いが強くなりました。そもそも私は、陶芸をやっていたんですが、最初は、子供が出来ても普通に陶芸もやれる、仕事もやれる、お母さんになるだけでそれまでと全然変わらないと思っていたんですね。でも、陶芸自体、アーティストとしてそこまで認められていないという背景もあって、周りから『稼げもしないことをやるのか』と言われたり、『お母さんなんだからちゃんとしないとダメ』とか、『もっと子育てを一生懸命やってほしい』という目線がありました。そんな環境でも、意地でも作品が作りたくて、子供をおぶってろくろを回していたんですが、精神的に余裕がないせいか、作品とはいえないただの土の物にしかならなくて。割り切って、自分のやりたいこととは違うけど、パートに出ようと思って面接を受けたら、『1歳になってない子供がいます』と言ったとたん、『うちでは無理だね』と落とされるんです。まだ22、3歳なのに仕事もないし陶芸も出来ないし、すごいモヤモヤしていました。思っていたのと違うし、女性だからってこんなにも制限されるんだなって」

 日本のジェンダーギャップ指数は121位と世界的に見てもとても低い。女性が輝く社会を実現しようと国をあげて取り組んでいても、理想には程遠いというのが現実である。そういった状況を少しでも変えていきたいというタナカの熱い思いは、徐々に多くの人の心に届き、イラストレーターでグラフィックデザイナーの黒田征太郎氏や絵本作家で美術家の田島征三氏など、いろんな人を「おっぱい展」に巻き込んでいった。

「アートが社会貢献になるというところがいろんな人たちが協力してくれる理由かなと思います。黒田先生も田島先生も、『ニューヨークでおっぱい展をやるので作品ください』とお願いしたら、快く協力してくださいました。黒田先生は『みんなで描ける作品を作ろう』と、参加型の作品になっているんですよ。今も巡回展をするたびに会場に来た人たちが書き込んでくれて、会場ごとに違う表情の作品に成長します。もう描くとこないくらい、メッセージや絵が描かれているんですが、これが真っ黒になるまでやりたいです」

アートと何かが繋がると
いい化学変化が生まれる

 アーティストだけではなく、来場者にもタナカの想いは伝わり、Twitterなどで「おっぱい展」のことが拡散。老若男女問わずに伝わる、単なる現代アート・イベントにとどまらない拡がりを見せている。

「お母さんや奥さんが乳がんになった男性はすごく応援してくれますね。お母さんが乳房を全摘して、銀色のトレーに乗ったおっぱいを見せられて涙が止まらなかったとか、初期の乳がんが脳に転移して奥さんを亡くした方も来てくださいました。その方は、治療費を気にして病気のことを旦那さんに内緒にして、抗がん剤治療をしなかったそうです。こうしていろんな方から話を聞くと、女性だけでなく男性も乳がんですごく悲しい思いをしているんだということがわかりました。だから、男性こそ関心を持って、奥さんやパートナーに『検診に行ったほうがいいよ』と勧めたり、乳がん検診をプレゼントしてくれるといいですね。

 他にも、おっぱい展を始めるまでは、私の周りには乳がんの人はそう多くないと思っていたんですけど、実はものすごくたくさんいたということもわかりました。『誰にも言ってなかったけど、実は乳がんだったんだよ』とか『私のお母さん、今、乳がんなんだ』とか。今はコロナの時代ですけど、乳がんの人もすごく多いです。私のように良性の腫瘍が出来た人もたくさんいます。私もみんなに心配されるから誰にも言えず、秘めてるだけでしたけど、そういう人も多い。実はこんなにもおっぱいのことを考えて暮らしてる人がいるんだなと思いました。あと、『おっぱい展』には、性同一性障害の方もたくさん来場されます。おっぱいを取りたい女の子とか、おっぱいをつけた男の子とか。『心が女性です』という男性も来てくださって、みなさん、色んな話をしてくれるんですよ」

 こういう出会いから、未来の「おっぱい展」のあるべき姿のヒントももらっているという。

「悩みはそれぞれだと思いますけど、乳がんかもしれないとか、ジェンダーギャップに苦しんでいるとか、マイノリティであるとか、そういう人たちがネット上で集まって、みんなの意見を聞くことができるようなオンラインコミュニティが将来的に作れたらと思います。また、『おっぱい展』をもっといろんなところで開催したいと思って、おっぱい展のレンタルもはじめて。他の人がやると違ったおっぱい展が出来るだろうから面白いだろうなと思いますね。

 こういった活動を拡げるために2019年から会社も立ち上げたんですが、経営者になったことで、わかったこともあるんです。私が経営者になるまでは経営者がすごく苦手だったんですよ。アートと真逆の世界にいる人だと思っていたから。でも、私が経営者になるとアーティストの友達と同じくらい経営者の友達が増えました。そうしたら、アーティストの友達も経営者の友達も、みんな言ってることが一緒ということに気づきました。哲学的なものは同じなんだけど、表現方法がアートかビジネスかという違いなんですね。

 アートって、みんなすごく狭い世界の中で活動していると思うんです。でも、これからの時代って、アートと何かがコラボすることで化学反応が起きるんじゃないかと思っています。アートとビジネス、アートとサイエンス……いろいろあると思いますけど、アートと何かを結びつけることで、お互いの特技を生かして協力しあったら、もっといいものが生まれるんじゃないかなと。そのとっかかりとして、『おっぱい展』にはすごい可能性を感じています」

おっぱい展オフィシャル・ライター

大橋 美貴子

文筆家。1989年より広告デザイン会社にて編集およびライティング業務に携わり、1995年からフリーライターとして活動を開始。芸術史、建築史、戦史研究、芸術鑑賞、イタリア語とイタリア一人旅が趣味。