アートに言葉はいらない? — 表現と言語の大切さを考える投稿の記録

はじめに

私は普段、アーティストの感覚や感情を、理屈や言葉に変換する
例えるなら、通訳や翻訳のような仕事をしています。

感覚のままでは伝わらない想いや衝動を、
社会とつなげるために「言語化」していくこと。
それは、アーティスト自身にとっても難しさを伴うことがありますが、
アートを社会とつなげていく上で、とても大切なプロセスだと私は感じています。

今回のブログでは、そんな私自身があえて
「一鑑賞者の視点」に立ち、
「表現と言葉」の関係について考えたことをまとめました。


実験的な投稿について

先日、私はSNSにある投稿をしました。
これは、私にとって実験的な投稿でした。

投稿には多くの反響があり、
賛否両論、さまざまな視点からコメントをいただきました。
中には反対意見や批判的な声もありましたが、
そのすべてが、私にとってありがたい学びとなりました。

なぜなら、この投稿には明確な意図があったからです。

  • 言葉をあえて省いたとき、人はどんなふうに解釈するのか?

  • SNSという文脈の中で、投稿の背景や意図まで、どこまで汲み取ってもらえるのか?

  • 「アートに言葉はいらない」と考えている人が、どれほどいるのか?

それらを可視化し、検証すること。
それが、今回の投稿で私が試みたことでした。

実際に投稿した内容はこちらです


言葉をあえて補わなかった理由

この投稿には、意図的にすべての背景や文脈を記載しませんでした。
アート作品にすべての説明を添えないように、受け取り手が自由に解釈できるような投稿にしたかったからです。

というのも、SNSで日々流れてくる言葉というのは、多くが「断片」で構成されていて、
見る人の経験や視点によって、大きく意味が変わってしまうことがあるからです。

今回の投稿も、「アートはこうあるべき」と断定するような意図ではありません。
あくまで、一鑑賞者として感じたことを、そのまま呟いた言葉にすぎません。

でも、たとえその言葉に強い断定や指示がなくても、SNSという場においては、
受け取る側の解釈によって、発言者の意図や意味が大きく変容してしまうのだと改めて実感しました。

これは、アートという表現においても同じです。
作品に添えられた言葉、もしくは言葉の不在によって、
見る人は想像し、自分の経験を照らし合わせ、解釈をつくり出していく。

この投稿では、そんなアートという言葉の幅広さや解釈のばらつきも含めて、
見る人の反応や読み取り方そのものを問いにしたかったのです。

  • 「どうしてこの作品を作ったんですか?」は、私自身がよく聞かれる質問

  • 「アーティストっぽい人」という言葉は、かつて私自身が言われた言葉であり、過去の自分への問いかけでもある

  • 「アートには言葉はいらない」と信じ、言語化を避けていた過去の自分に向けたメッセージ

  • 実際に言葉にしなかったことで、誤解されたり、届かなかったりすることが多かったという経験

  • アートという言葉があまりにも汎用的に使われていることへの違和感
    (現代アートも、デザインも、工芸やハンドメイドも、「アート」という言葉で一括りにされてしまうことがある。
    そこに、「表現の意図」や「立ち位置」についての誤解が生まれる要因があるのではと感じています。)

  • 「アーティストとして」ではなく、「一鑑賞者として」の視点
    (アートの立場の人間だけの考えでは、鑑賞者が置き去りになってしまうことがあります。今回は外からアートを見る視点を意識的に取り入れ、
    アーティストではない人の目線や、受け手側の感覚に改めて向き合うことを伝えたかった)

私にも、「なんとなく」で作品をつくっていた時期がありました。
そして、「言葉にしないこと」にこだわっていた時期も。

でもその結果、見てくれた人との対話が生まれなかったり、まったく違う解釈をされてしまったり、
作品が単なる自己満足に終わってしまったりして、本当に伝えたかった魅力や問いが、伝わらずに終わっていたことに気づいたのです。

投稿を通して、見えてきたこと

たくさんの反応をいただいたことで、改めていろいろな気づきがありました。
ここに、今回の投稿を通して見えてきたことを、整理して書いておきます。

  • アートにコンセプトや言葉はいらないと考えている人が多いこと

  • 「なんとなく表現している」という声が、意外と多く寄せられたこと

  • 「言葉にできないからアートをやっている」という意見が多数あったこと

  • アーティスト自身が、「伝えるのが苦手」と感じて、言葉にすることを放棄してしまっている場合があること

  • 表現の自由と、社会とつながる責任。そのバランスの難しさを、改めて実感したこと

  • 「アーティストっぽい」という表現が、多くの人に引っかかりを与えたこと(これは過去の自分自身への言葉でもありました)

  • そして何より、自分はやっぱり、「コンセプト」と「言葉」を大切にしたいという気持ちを再確認できたこと

  • 表立っての批判が多かった一方で、共感してくれた方はインスタのDMなどで、静かに想いを伝えてくれたこと

「アートだから言葉はいらない」って本当?

言葉にできないからアートにする
アートに言葉はいらない
感じた人が自由に受け取ればいい

たしかに、それはアートの魅力のひとつだと思います。

でも、そのまま「だから汲み取ってよ」と丸投げするのは、少し違うのではないでしょうか?


言葉にしないと、意図しない誤解が生まれることもある

今回の投稿でも強く感じたのですが、
詳しく言葉にしなかったことで、「悪意のない誤解」が起きるということは、
思っている以上によくあります。

もちろん、どれだけ丁寧に言葉を尽くしても、すれ違いや誤解は起こるもの。
でも、最初から説明しないという選択をすると、
相手は自分の価値観や経験だけで解釈するしかなくなってしまいます。

そうすると、
「そういうつもりじゃなかった」
「そんな意味じゃない」
というズレが、どんどん大きくなってしまう。

それは「批判されるのが怖い」という話ではなく、
自分の表現が届かなくなる「もったいなさ」なのだと私は思っています。

言葉にすることで、自分の意図や問いの輪郭を浮かび上がらせることができる。
だから、誤解を少しでも減らし、対話が始まるきっかけになる。

伝えることを諦めない。
それが、アートを「誰かに届けるもの」にするための、第一歩ではないでしょうか。


人は、自分の都合のいいようには解釈してくれない。

SNSでも、アートでも、
「きっとこう受け取ってくれるだろう」
「こう伝わるはず」と思って発信しても、
その通りに伝わることのほうが、実はずっと少ない。

人は、自分の経験や立場、過去の記憶や価値観を通して、
「自分なりの解釈」を重ねて、見ているからです。

だからこそ、どれだけ言葉を尽くしても、誤解されることもあるし、
悪意なく、まったく意図と違うふうに受け取られることもある。

でも、それは人と人との表現であり、対話のむずかしさであり、
そして同時に、面白さでもあると思うのです。


表現には「自由」と「責任」の両方がある

アートは、自分の内側から生まれる表現です。
でも、世に出すということは、社会と接続されるということでもあります。

  • 展示する

  • 価格をつける

  • 公共の場に発信する

こうした行動は、もう「誰かに届くこと」が前提となります。
だからこそ、言葉にすることや、伝わるように工夫することは無視できない。

「私は言葉にするのが苦手」
「アートだから説明しなくていい」

そういう気持ちはわかる。
でも、「伝える努力」を放棄してしまうと、誰にも届かないまま終わってしまうかもしれない。

「なんとなく」から始まってもいい。

でも、その先を見つめてほしい

今回の投稿では、「なんとなく作った」と答えるアーティストに対して、会話が広がらなくなるという経験を書きました。

ただ、私は「なんとなく」という感覚を否定したいわけではありません。

表現の出発点が「なんとなく」であってもいい。
でも、その“なんとなく”の奥にあるものを、自分で見つめようとする姿勢が大切だと伝えたいのです。

自分の内側に問いを立ててみること。
そして、他者と対話してみること。
そうしたプロセスの中で、これまで気づけなかった想いや視点に出会うことがあります。

その経験こそが、アーティスト自身の深みとなり、
作品が誰かに届く力にもなるのだと、私は信じています。

「なんとなく」
作り手と受け手では、同じ言葉でも意味が違う

今回のやり取りを通じて、改めて気づいたことがあります。
それは、アーティストの「なんとなく」と、鑑賞者の「なんとなく」は、同じ言葉でもまったく異なる意味を持つということです。

アーティストが言う「なんとなく」には、
長年の経験や蓄積された美意識、感覚の選択、言葉にしきれない衝動など、
実は多くの背景や文脈が含まれていることがあります。

けれど鑑賞者が「なんとなく」と感じるとき、
それはしばしば情報の不足や、文脈の断絶によるものです。
つまり、「よくわからない」「理解しきれない」=「なんとなくいい」「なんとなくしか見えない」になってしまうことがある。

作り手と受け手。
同じ「なんとなく」でも、立っている場所が違えば、それはまったく別の体験になるのです。

だからこそ、作り手が「自分のなんとなく」を、少しずつでも言葉にしていくことで、
受け手の「なんとなく」は、「なるほど」や「心に残る」に変わるのかもしれません。


「アーティストだから言語化が苦手」じゃない。
人はそもそも言語化が苦手。

そしてよく言われるのが、

「アーティストだから言葉にできないんです」
「言葉より感覚派なんです」

それも分かる。でも私から言わせてほしい。

アーティストに限らず、人間はそもそも言語化が苦手なんです!!!!

だからこそ、試行錯誤して、なんとか言葉にしようとする姿勢が大切なのです。
完璧な言葉じゃなくていい。
ときに不器用でも、誤解されても、「伝えたい」という意志があるかどうか

それが、あなたの表現を他者に届ける「力」になります。

アートを仕事にするということ

最後に、私が今回のことでいちばん伝えたかったことを書きます。

アートを仕事にするというのは、自己満足の表現を、社会とつながる表現にしていくこと。

好きなことをやるだけでは、仕事にはなりません。
それを誰かの心に届くかたちに翻訳する努力があって、はじめて仕事になります。

「表現すること」と「届けること」は、別の力です。
そしてどちらも、磨いていくことができる。

人は、いろいろな選択の中で生きている

誰もが、
表現するか、しないか。
伝えるか、伝えないか。
仕事にするか、趣味にするか。

たくさんの選択肢の中で、日々、生きています。

だから私は、「こうでなければならない」と押しつけたいわけではありません。

けれど、もしあなたが
「アートで社会とつながりたい」
「作品を仕事として届けていきたい」
「もっとたくさんの人に知ってほしい」
と思っているなら

そのときは、言葉にするという選択肢も、ぜひ手放さないでいてほしいのです。


最後に

アートは、賛否が生まれるもの。
議論が起こり、対話が生まれ、考えが交差するもの。

だからこそ、今回の投稿に対して、
本当に多くの方がさまざまな視点からコメントを寄せてくださったこと。
それ自体が、私にとって大きな学びであり、財産になりました。

「ここのやり取りがアートですね」
「読むことで、すごく考えさせられました」

そんな声も沢山いただきました。

もしかするとこの投稿そのものが、
パフォーマンスアートだったのかもしれません。

一緒にこの実験に関わってくださったすべての方に、心から感謝しています。
本当にありがとうございました。


言葉にできないから、アートにしている。

けれど、もしそのアートを「誰かに届けたい」と思うのなら、
ほんの少しでもいい。言葉にもしてほしい。

アートの自由は「伝えない自由」でもあるけれど、
同時に「伝える責任」を持つこともできるはず。

その両方を大切にしていける人こそが、
これからの時代に、アートで社会とつながっていけるのではないかと、私は思います。

この記事が、
「アートを仕事にしていきたい」
「誰かに届く表現をしていきたい」
そう願うあなたの、小さなヒントになれば嬉しいです。

この投稿をきっかけに、
多くのアーティストや表現者がスレッズ上でそれぞれの哲学やスタンスを言葉にし、
ディスカッションをはじめました。

賛否があるからこそ、対話が生まれる。
立場や経験の違いがあるからこそ、多様な視点が浮かび上がる。

これはとても良い流れだと、私は感じています。

正解や統一された価値観を求めるのではなく、
こうやって、それぞれが考えを言葉にし、議論していくことで
自己理解と他者理解が少しずつ深まっていく。

表現者として、人として。
そのプロセスこそが、なによりも大切なのではないでしょうか。

この小さな対話の連鎖が、
これからのアートと社会のつながりを、少しずつ変えていく。
私は、そう信じています。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


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